キャッシュカードのすり替えは窃盗罪? 詐欺罪? 問われる罪とは
- 財産事件
- キャッシュカードすり替え
- 窃盗
最近では、うその手続きを説明したうえでキャッシュカードなどをすり替えて盗み取る手口が増加しているため、警察庁が開設している「特殊詐欺対策ページ」では被害に遭わないよう注意を喚起しています。
令和4年8月には、沼津市の高齢女性が市役所の職員を名乗る男からの電話を受けたのち、自宅を訪れた男の指示でキャッシュカードを入れた封筒の中身をすり替えられて、盗まれるという被害が発生しました。すり替えられたあとの封筒には、キャッシュカードの代わりに1枚のトランプが入っていたそうです。
通常、特殊詐欺に加担する行為は、「詐欺罪」に問われます。しかし、上述したような「すり替え」による手口は、詐欺罪ではなく「窃盗罪」に問われる可能性があるのです。
本コラムでは、キャッシュカードをすり替える行為で問われる罪の種類や、逮捕されてしまった後に取るべき対応について、ベリーベスト法律事務所 沼津オフィスの弁護士が解説します。
1、キャッシュカードのすり替えは窃盗罪? 詐欺罪?
近年では、インターネット掲示板やSNSで「カンタンなアルバイト」「短時間で高額報酬」といった売り文句にひかれて、特殊詐欺に加担してしまう方が増えています。
途中で犯罪だと気づいても、相手から「ウチは対策が万全だから」「合法だから捕まることはない」などと言い聞かされることにより、抵抗できないまま特殊詐欺の受け子や出し子となって摘発されてしまう事例もあるのです。
特殊詐欺の手口は、社会や時代の流れに応じて絶えず変化しています。
そのひとつとして増加しているのが、「キャッシュカードをすり替える」という手口です。
-
(1)キャッシュカードのすり替えの典型的なケース
キャッシュカードのすり替えの典型的な手口は、以下の通りです。
まず、うその電話をかけて相手をだます「かけ子(架け子・掛け子)」が、ターゲットに「あなたの口座が不正利用されているので、自宅に伺ってキャッシュカードを確認したい」という電話をかけます。
この時、かけ子は警察などの公的機関や銀行など金融機関の職員を偽ることが一般的です。
次に、実際にターゲットの自宅へと向かった「受け子」が「手続きに必要なので、この封筒に不正利用されているキャッシュカードと暗証番号を書いたメモを入れて」と伝えます。
ターゲットが言われるまま封筒にキャッシュカードとメモを入れると、今度は「封筒を封印するのに割り印が必要だから、印鑑を持ってきて」と求めます。
ターゲットは印鑑を取るためにその場を離れますが、このわずかな時間のうちに、封筒の中身と用意しておいた別のカードをすり替えてしまうのです。
キャッシュカードと同等の大きさ・硬さのものでないと怪しまれるため、ショップのポイントカードなどが使用されるケースが多いようです。
中身をすり替えられたことに気づかないターゲットは「手続きが終わるまで封筒を開けないように」と念押しされるため、被害に気付くのが遅れてしまいます。
こうして時間を稼いでいる間に、キャッシュカードから現金を引き出す、という手口です。 -
(2)キャッシュカードのすり替えは窃盗罪にあたる
キャッシュカードをすり替えの手口は、一連の流れを見ると、「うそを言ってキャッシュカードをだまし取る」という行為のように思われるかもしれません。
うそを言って相手を錯誤に陥らせ、財物を自ら差し出させる行為は、刑法第246条の「詐欺罪」にあたる行為です。
詐欺罪が成立するには、次の3点を満たす必要があります。- 欺罔(ぎもう)……相手にうそを言ってだますこと
- 錯誤……欺罔を受けた相手がうそを信じ込んでしまうこと
- 交付……錯誤に陥った相手が、自ら財物を差し出すこと
これらの3点がつながって、加害者のもとに財物が渡れば、詐欺罪が完成することになるのです。
しかし、キャッシュカードをすり替える手口では、欺罔・錯誤までは認められても、「相手がキャッシュカードを自ら差し出した」とはいえません。
単に手続きやその説明のため一時的に加害者の手にあるだけで、そのキャッシュカードをその場から持ち去ることまでは許していないため、「交付」したとはいえない状況なのです。
しかし、欺罔・錯誤を利用したとはいえ、交付が存在せずキャッシュカードの占有を不法に奪ったことになるので、この手口では刑法第235条の「窃盗罪」が適用されます。
警察庁では、この手口を「キャッシュカード詐欺盗」と呼んでおり、オレオレ詐欺・預貯金詐欺とあわせた3類型を「オレオレ型特殊詐欺」として分類しています。
なお、警察庁が公開している「令和3年における特殊詐欺の認知・検挙状況等について」によると、2602件・被害額39.5億円のキャッシュカード詐欺盗が発生しているとのことです。 -
(3)窃盗罪と詐欺罪は罪の重さが異なる
どのような罪に対してどの程度の刑罰が科せられるのかは、あらかじめ法律によって定められています。
同時に複数の罪を犯した場合などの加重を除いて、法定刑を超える刑罰は科せられません。
窃盗罪と詐欺罪では、法定刑の重さが異なります。- 窃盗罪……10年以下の懲役または50万円以下の罰金
- 詐欺罪……10年以下の懲役
いずれも、懲役の上限は10年です。
このように見れば両罪の重さは同じように感じられるかもしれませんが、窃盗罪には罰金の規定があるのに対して、詐欺罪には罰金の規定がありません。
有罪になれば確実に懲役が言い渡されるという意味で、詐欺罪のほうが厳しい刑罰が予定されているのです。
ただし、特殊詐欺に絡んで窃盗罪が適用されるケースでは、社会的に悪質だと評価されやすいため、罰金ではなく懲役が言い渡されるおそれが高いといえます。
「窃盗罪が適用されたから、詐欺罪よりも刑罰が軽くなる」ということはほとんどないでしょう。
2、キャッシュカードのすり替えで窃盗罪が適用された裁判例
以下では、実際にキャッシュカードのすり替え行為に窃盗罪が適用された事件について、裁判例を紹介します。
【最高裁 令和4年2月14日 令和2(あ)1087】
令和元年6月、高齢者宅に警察官を名乗る者が「詐欺の被害に遭っている可能性がある、被害額を返すにはキャッシュカードが必要なので、金融庁の職員を向かわせる」といった電話をかけてきました。
しかし、これは、警察官を名乗った詐欺グループによるうそだったのです。
指示役からの指示を受けた被告人は、いわゆる「受け子」としてキャッシュカードをすり替える目的で高齢者宅に向かいましたが、目的地を目前にして警察官の尾行に気づき、犯行を断念しました。
つまり、実際にはすり替え行為には至っていない状況でしたが、被告人は窃盗未遂の罪で逮捕・起訴されたのです。
本件の公判において、被告人側は「実際にキャッシュカードを盗むためにはキャッシュカードが入った封筒から注意をそらす必要があるので、そういった行為に及んでいない以上は、窃盗未遂も成立しない」と主張しました。
しかし、裁判所は「キャッシュカードをすり替えるために必要な隙を作るためのうそがすでに述べられている状況なので、実際にその行為がなくても相手の高齢者宅の付近まで赴いた時点で窃盗罪の着手があったと認められる」と判断したのです。
この事件は最高裁へ上告されましたが棄却となり、被告人は、同種の事件とあわせて懲役4年8カ月の実刑が確定しました。
3、窃盗事件の被疑者として逮捕されたあとの流れ
以下では、キャッシュカードのすり替えで窃盗事件の被疑者として逮捕されてしまった後の、刑事事件の手続きの流れを解説します。
-
(1)逮捕による72時間以内の身柄拘束を受ける
警察に逮捕されると、警察署内の留置場に収容されることになります。
自由な行動の一切が制限されるので、自宅に帰ることも、会社や学校に行くことも許されません。
スマートフォンや携帯電話も留置担当官に預けるため、家族や同僚、友人などへも連絡できなくなります。
警察の持ち時間は48時間以内です。
この制限時間内に、警察は被疑事実に関する取り調べをおこなって、検察官へと身柄を引き継ぎます。
これが、ニュースなどでは「送検」とも呼ばれている、「送致」という手続きです。
送致を受けた検察官は、警察から引き継がれた捜査書類に目を通したうえで、自らも被疑者を取り調べます。
検察官の持ち時間は24時間以内で、制限時間内に勾留を請求するか、釈放するかを選択しなければなりません。 -
(2)勾留による最大20日間の身柄拘束
検察官の請求を受けて、裁判官がこれを許可すると、「勾留」が開始されます。
初回の勾留は10日間で、勾留中は警察署の留置場に戻され、検察官による指揮のもとで警察が捜査を担当します。
10日間で捜査を遂げられなかった場合は、一度に限りさらに10日間以内の延長なので、勾留の限界は最大20日間です。
キャッシュカードのすり替えなどの特殊詐欺事件は、背後関係に関する捜査が複雑であるため、ほぼ確実に勾留が延長されることになります。 -
(3)検察官が起訴・不起訴を決定する
勾留が満期を迎える日までに、検察官が起訴・不起訴を決定します。
起訴とは、検察官が公訴を提起する手続きです。
起訴されると被疑者は「被告人」となり、実質無期限の被告人勾留を受けるので、刑事手続きが終わるまでなかなか釈放されません。
ただし、起訴されて、被告人になると「保釈」の請求が可能になります。
保釈とは、一定の要件を満たす場合に、保釈保証金を納めることで一時的に身柄拘束を解除する制度です。
公判に向けた対策や収監に向けた身辺整理を尽くす時間ができるだけでなく、社会復帰を早める効果も期待できます。
そのため、逮捕されて起訴されてしまった方としては、積極的に活用するべき制度だといえます。 -
(4)公判が開かれる
起訴からおよそ1カ月後に初回の公判が開かれます。
以後、法律が定める手続きに従って、おおむね1カ月に一度のペースで公判が開かれることになり、最終回に有罪・無罪の判決が言い渡されます。
3回程度の公判が開かれるので、起訴から判決までには3~4カ月ほどの時間がかかるのが定石です。
特殊詐欺のように事情が難しい事件では、半年以上の時間がかかることもめずらしくありません。
4、刑罰を回避するためには不起訴処分を目指すべき|弁護士の重要性とは?
キャッシュカードのすり替えを含めて、特殊詐欺は社会的にも強い非難を浴びやすい犯罪です。
起訴されてしまうと、厳しい刑罰が科される可能性は高いでしょう。
そのため、逮捕された場合には、「不起訴処分」を目指すことが重要になります。
-
(1)不起訴処分とは? 察官の判断基準
検察官が公訴を提起することを「起訴」といいます。
また、「公訴を起こす必要はない」と判断することは「不起訴処分」といいます。
不起訴処分になった場合は公判が開かれなくなるため、刑罰も科せられません。
不起訴処分には、理由に応じていくつかの種類があります。
代表的なものは、以下の三つです。- 嫌疑なし……捜査の結果、罪を犯したという疑いが完全に晴れたとき
- 嫌疑不十分……捜査を尽くしても犯罪を証明するだけの証拠がそろわなかったとき
- 起訴猶予……犯罪を証明できる証拠はそろっているものの、諸般の事情を考慮してあえて起訴を見送るとき
このなかでも特に多いのが、起訴猶予です。
令和3年版の犯罪白書によると、令和2年中に全国で不起訴処分を受けた15万2569人のうち10万5986人、全体の69.5%が起訴猶予でした。
起訴猶予となるための明確な基準はありませんが、主に、以下のような事情が考慮されます。- 本人が罪を認めて深く反省している
- 再犯しないことを誓い、再犯防止に向けて対策や準備を尽くしている
- 家族などが監督強化を誓約している
- 被害者への謝罪や被害額の弁済が尽くされている
-
(2)無罪ではなく不起訴処分を目指す理由
検察官は、「有罪判決を得られるのか?」を徹底的に精査したうえで起訴・不起訴の決定に踏み切っています。
基本的には、検察にとって勝算の高い事件のみが起訴されるため、起訴された事件のほとんどに有罪判決が下されているのです。
令和2年の司法統計によると、令和元年中に全国の地方裁判所で審理された詐欺事件のうち、有罪判決は2933件でしたが、無罪判決が言い渡されたのはわずか6件でした。
「起訴されてしまえば、ほぼ確実に有罪判決が言い渡される」と認識しておくべきでしょう。
一方で、たとえ罪を犯したことが事実でも、被害者との示談成立や再犯防止の誓約などを尽くすことで、不起訴処分となる可能性を高められます。
厳しい刑罰を回避したいと考えるなら、真摯(しんし)な対応を尽くして、不起訴処分を目指しましょう。 -
(3)不起訴処分を目指すには弁護士のはたらきが重要
特殊詐欺は極めて悪質な犯罪だと社会的に非難されているため、「深く反省している」「被害を弁済したといった事情がある」というだけでは、不起訴処分を得るのは難しいという実情があります。
弁護士に依頼すれば、被害者に対する謝罪文の差し入れや被害者が「加害者の処罰は望まない」という宥恕(ゆうじょ)の意思を示した示談書の作成・提出などのサポートが得られます。
特殊詐欺グループとの深い関係はないことや、悪意なく加担してしまう結果になったことといった事情は、捜査機関や裁判官に「悪質性は低く、更生は十分可能だ」と主張する材料になります。
弁護士が客観的な証拠を示しながら捜査機関や裁判官にはたらきかけることで、不起訴処分を得られる可能性を高められます。
5、まとめ
うその電話で被害者をだまして、被害者宅を訪ねてキャッシュカードをすり替える「キャッシュカード詐欺盗」には、詐欺罪ではなく窃盗罪が適用されます。
法定刑の重さに違いはありますが、どちらが適用されても逮捕や厳しい刑罰を避けるのは難しいため、処分の軽減を望むなら弁護士のサポートは欠かせません。
キャッシュカードをすり替える行為をはたらいてしまい、逮捕や刑罰に不安を感じている方は、ベリーベスト法律事務所にご相談ください。
特殊詐欺事件を含めた刑事事件の解決実績を豊富にもつ弁護士が、不起訴処分を目指して弁護活動を行います。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています
- |<
- 前
- 次
- >|