社内で暴力事件を起こした社員に懲戒処分を下す際の注意点

2023年01月24日
  • 労働問題
  • 社内
  • 暴力
社内で暴力事件を起こした社員に懲戒処分を下す際の注意点

もし会社の従業員が社内暴力事件を起こした場合、会社としては、従業員に対して懲戒処分を行うことを検討すべきでしょう。

ただし、原則的には、就業規則に懲戒に関する規定(懲戒の種類、懲戒の事由)を明示しなければ、懲戒処分はできません。また、行為の性質や内容に見合わない、重すぎる懲戒処分は無効となります。懲戒処分を行う際には、事前に弁護士に相談して、慎重に検討するようにしましょう。

本コラムでは、社内で従業員が暴力事件を起こした場合における会社側が取るべき対応について、ベリーベスト法律事務所 沼津オフィスの弁護士が解説します。

1、社内における暴力・暴言について懲戒処分を検討すべきケース

社内で従業員が暴力を振るったり暴言を吐いたりすることは、犯罪にも該当しうる社会人として許されない振る舞いであると同時に、会社の秩序を乱す行為でもあります。
たとえば、従業員が以下のような暴力・暴言を行った場合には、会社は懲戒処分を検討すべきでしょう。

  1. (1)上司の部下に対する暴力・暴言

    上司が優越的地位を利用して、部下に対して暴力や暴言を行う事態は、多くの会社で発生しています。
    たとえば、「指導に対して素直に従わない部下を殴る」「能力が十分でない部下を口汚くののしる」などの行為が典型的です。

    上司の部下に対する暴力・暴言は、会社が防止すべきパワハラに該当します

    会社としては、たとえ指導の名目で行われたとしても、上司の部下に対する暴力・暴言を見逃さず、懲戒処分を含めた厳しい対応を検討すべきでしょう。

  2. (2)部下の上司に対する暴力・暴言

    ときとして、部下が上司の指導に対して反発する際に、暴力や暴言を行うことがあります。
    上司の指示が不合理である場合には、それに対して適切に反論することは問題ありませんが、上司に対して部下が暴力を振るったり暴言を吐いたりするような行為があった場合には、厳しく対応する必要があります。

    上司からの部下に対する暴力と同じく、部下からの上司に対する暴力についても、懲戒処分を含めた厳正な対応を検討しましょう

  3. (3)同僚同士の暴力・暴言

    上司と部下のような上下関係がない同僚間でも、社内で暴力や暴言が行われる場合があります。
    立場の優劣がない同僚間では、互いに相手に対して遠慮なく接しやすい傾向にあります。それがエスカレートして、ささいなきっかけで大げんかとなり、暴力や暴言が行われてしまうことがあるのです。

    会社としては、当事者からよく事情を聴いたうえで、対応を検討する必要があります。

2、社内における暴力・暴言が発覚した場合にやるべきこと

社内で暴言や暴力が行われたことが判明した場合、会社は適切な事後対応を行う必要があります。
具体的には、以下の手順で対応を行って、暴言や暴力による悪影響を最小限に食い止めましょう。

  1. (1)事実関係の把握|ヒアリング・資料の精査など

    まずは、暴力や暴言に関する事実関係を把握することが大切です。
    関係者や周囲の従業員などからヒアリングを行い、以下のような事実について、できる限り詳しく把握しましょう

    • 本当に暴力や暴言があったのか
    • 暴力や暴言に至るまでの事実の経緯
    • どのような内容、程度の暴力や暴言だったのか
    • 現在も暴力や暴言は続いているのか
    • 被害者はどのような状況にあるのか


    また、加害者と被害者の間でやり取りされたメッセージなどがあれば、その内容も精査することで、事実関係を正確に把握しやすくなります。

  2. (2)警察への連絡

    あまりにもひどい暴力は、暴行罪や傷害罪などの犯罪に該当する可能性があります。このような場合には、警察に連絡することも検討しなければなりません。

    被害届の提出などについては、暴力や暴言の被害者と相談したうえで、対応を決定しましょう。

  3. (3)被害者に対するケア

    暴力や暴言の被害を受けた従業員に対しては、精神的なケアを行う必要があります。

    被害者のダメージが大きい場合、離職につながってしまうおそれがあります。離職を防ぐために、被害者を加害者から引き離す配置転換を行ったうえで、被害者の状態によっては一定期間の休職を勧めるなどの対応を行いましょう
    また、役員や従業員によって暴力・暴言が行われた場合、会社は被害者から使用者責任や安全配慮義務違反を追及される可能性があります。
    被害者から責任追及を受けた場合に備えて、穏便に和解を成立させるためにも、被害者のケアは早い段階から十分に行いましょう。

  4. (4)加害者に対する処分の検討

    暴力や暴言を行った行為者に対しては、懲戒処分を含めた厳しい対応を検討してください。
    加害者の責任をきちんと追及することで、「暴力や暴言は許さない」という会社からのメッセージを、社内全体へ伝えることができます。

    ただし、暴力・暴言の程度に見合わないほどに重い懲戒処分は無効となる可能性がある点に注意してください

3、懲戒処分等を行う際の注意点

懲戒処分を行うためには、原則として、就業規則に規定しておかなければなりません(労働基準法89条9号参照)。
そして、暴力や暴言の加害者に対する懲戒処分は、行為の内容や悪質性に見合ったものでなければなりません
重すぎる懲戒処分は、懲戒権の濫用として無効になり得ます。
以下では、懲戒処分等を行う際の注意点を解説します。

  1. (1)懲戒処分の種類

    懲戒処分には、主に以下のような種類があります。
    就業規則には、どの種類の処分があり、どのような事由の場合に、それが適用されるのかを規定しておく必要があります。
    実際に行われた暴力・暴言の内容や悪質性に応じて、適切な懲戒処分を選択する必要があるのです

    ① 戒告・けん責
    口頭または文書で注意を与える処分です。
    始末書の提出を求める場合もあります。

    ② 減給
    従業員の給与を減額する処分です。

    ③ 出勤停止
    従業員の出勤を禁止し、その期間中の給与を支給しない処分です。

    ④ 諭旨解雇
    従業員に自発的な退職を勧告する処分です。
    従業員が退職を拒否したなら、多くの場合、懲戒解雇が行われることになります。

    ⑤ 懲戒解雇
    従業員を強制的に解雇する処分です。
  2. (2)懲戒権の濫用に要注意

    暴力や暴言が、規則に定める懲戒事由に該当するとしても、懲戒処分が行為の性質・態様その他の事情に照らして客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には、懲戒権の濫用として無効となります(労働契約法第15条)。

    したがって、会社としては暴力・暴言に関する事実関係を正確に把握したうえで、過去の社内における処分事例や裁判例などと比較しつつ、懲戒処分の可否および種類を適切に選択しなければなりません。
    判断が難しい場合には、弁護士にご相談ください

  3. (3)自宅待機命令・退職勧奨を行う際の注意点

    社内で暴力や暴言が行われた場合には、加害者である従業員に対して、自宅待機命令や退職勧奨を行うことも検討できます。
    自宅待機命令については、暴力や暴言に関する事実関係の調査を目的とする限り、指揮命令権の一環として適法と認められるケースが多いといえます。
    ただし、調査に必要な期間に比べてあまりにも長期間の自宅待機を命じた場合には、指揮命令権の逸脱として違法となる可能性がある点に注意してください

    退職勧奨については、退職するかどうかは従業員の意思に任されている点で、解雇とは異なります。
    退職勧奨を行うこと自体は問題ありませんが、仕事のない部署への配置転換や圧迫的な面談を行うことで、「事実上、退職を強制している」と認められる場合は、違法・無効となる可能性がある点に注意してください。

4、懲戒解雇が認められたケース・認められなかったケース

以下では、社内における暴力を理由に行われた懲戒解雇処分が適法と認められたケースと違法と判断されたケースについて、それぞれ紹介します。

  1. (1)懲戒解雇が認められたケース

    東京地裁平成4年9月18日判決の事案では、部下の上司に対する暴行等を理由に、会社が懲戒解雇処分を行いました。

    会社の上司が、加害者の部下に対して、他の従業員に執拗(しつよう)に交際を求めることをやめるよう説得しました。加害者は、それに対して抗議をした際に、激高し、その場にいた被害者である上司につかみかかり、ネクタイを締めあげるなどの暴行をしました。

    裁判所は、上司の説得を「職場秩序を維持するためになされたもの」と評価する一方で、部下の暴行等を「あまりにも短絡的かつ非常識」と非難しました。
    さらに、裁判所は、加害者の過去の行動なども認定したうえで、過去の行為に関する反省のなさなどを理由に、「加害者の協調性のなさや独善的性格が改善不能であり、同様の事態が発生することが十分予想される」と判断したのです。

    結論として、裁判所は「懲戒解雇処分はやむを得ず、適法である」と判示しました。

  2. (2)懲戒解雇が認められなかったケース

    大阪地裁堺支部平成3年7月31日判決の事案では、電車運転士である従業員の助役に対する暴行を理由に、会社が懲戒処分を行いました。

    裁判所は、加害者の行為は、形式上は規程の懲戒事由にあたり、安易に容認できないものとしつつ、暴行の態様としては比較的軽い部類であること、偶発的な色彩が強いこと、職場内にも大きな混乱をもたらさなかったことなどを認定しました。
    そして、上述の規定にも「軽微であったとき」には「その懲戒を軽減または免除することがある」と定められていることも認定しました。

    結論として、裁判所は「懲戒解雇処分はあまりにも過酷であり、違法・無効である」と判示したのです。

5、まとめ

社内において暴力行為や暴言がなされた場合、会社としては被害者をケアしつつ、加害者には厳正な態度で臨む必要があります。
ただし、暴力や暴言の程度に見合わない、重過ぎる懲戒処分を行ってしまうと、その処分は違法・無効になるおそれがあります
懲戒処分を行う前に、事前に弁護士に相談しましょう。

ベリーベスト法律事務所では、人事労務に関する法律相談を随時受け付けております。
会社の経営者であり、社内における暴力事案などへの対処に困られている方は、まずはベリーベスト法律事務所にご連絡ください。

  • この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています