健康診断の自己負担は違法。会社に対してとるべき対応は?

2024年03月07日
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健康診断の自己負担は違法。会社に対してとるべき対応は?

厚生労働省が公表している定期健康診断結果報告によると、令和4年に静岡県の健康診断を実施した事業場数は3092、そのなかで健康診断を年2回以上実施した事業場数は740となり、受診者数は43万2827でした。

企業のなかに、毎年の健康診断の費用を労働者に自己負担させるところがあります。
また、入社後の健康診断は会社が負担するが、別の会社から転職して入社する際に行われる「入社時健康診断」については、多くの会社が労働者に自己負担させているという現状があるのです。

本コラムでは、健康診断を労働者に自己負担させることは違法であるか否か、入社時健康診断の扱い、会社が負担しなくても違法にならない場合などについて、ベリーベスト法律事務所 沼津オフィスの弁護士が解説します。

1、健康診断の費用は原則として会社負担

労働安全衛生法や労働基準法などの労働関連の法律により、労働者の健康診断は会社に対して義務付けられています。

労働者の健康管理や労働環境の安全性を確保するため、会社は定期的な健康診断の実施を求められています(労働安全衛生法66条1項)。労働者の健康状態に問題がないかどうかを把握して、必要な場合は早期に対策を講じることが重要とされているのです。

そして、労働者が経済的な負担を抱えることなく健康診断を受ける権利を守るための措置として、健康診断の費用は原則として会社が負担することが求められています。厚生労働省も、「健康診断の費用は会社が負担すべきである」と通達しているのです(旧労働省行政解釈昭和47年9月18日基発第602号)。費用については、詳細は後述します

  1. (1)健康診断の種類

    労働安全衛生規則(以下、「安衛則」と言います。)等の法律・規則等で定められている、会社が従業員に対し受診させなければならない健康診断は、以下の4種類です。

    • 一般健康診断
    • 特殊健康診断
    • じん肺健康診断
    • 歯科医師による健康診断


    「一般健康診断」とは、労働安全衛生法により義務付けられている健康診断のことです。
    常時使用する従業員が対象者となり、雇い入れ時の健康診断(安衛則43条)や定期健康診断(安衛則44条)、特定業務従事者の健康診断(安衛則45条)、海外派遣労働者の健康診断(安衛則45条の2)などが挙げられます。
    なお、常時使用する労働者に対する定期健康診断(安衛則44条)は、1年以内に1回受診しなくてはなりません。

    上記「一般健康診断」のほか、有害な業務に常時従事する労働者に対し、会社が実施しなければならない健康診断が、下記のとおりです

    「特殊健康診断」は、特定の業種や労働環境に従事する労働者を対象とした健康診断のことです。
    具体的には、高圧室内作業や潜水作業、放射線業務や除染業務などに従事する労働者が対象になります。各業務に関する業法に、会社による健康診断の実施義務が定められています。

    「じん肺健康診断」とは、労働者が粉じん作業に従事している場合に行われる検査です(じん肺法3条、7~10条)。
    「じん肺」とは、長期間にわたって粉じんやほこりにさらされることによって引き起こされる肺の病気であり、とくに鉱山労働や建設労働などの職種でリスクが高いとされています。じん肺健康診断の実施期間は、現に粉じん作業に従事しているか否かやじん肺の進行の程度(じん肺管理区分の数字の大小)によって1年に1回、または3年に1回となります(じん肺法8条1項)。

    「歯科医師による健康診断」は、歯またはその支持組織に影響を与えるガス(塩酸や硝酸、硫酸など)が発散される場所で従事している労働者が受診しなければならないものです(安衛則48条)。
    実施時期は、雇い入れ時や対象場所に配置換えされた際、対象業務開始後6か月以内と定められています。

  2. (2)健康診断を実施しなければならない対象者

    正社員のほか、以下2つの要件を満たす従業員にも、健康診断の実施が義務付けられています(平成19年10月1日基発第1001016号通達)。

    • 無期契約または契約期間が1年以上の有期契約者
    • 正社員の週所定労働時間の3/4以上の労働時間がある


    健康診断を実施しなければならない要件を満たしていれば、パートやアルバイトなどの非正規労働者も対象者に該当するため、企業側が健康診断の費用を負担する必要があります。また、上記の要件を満たしていない場合でも、「フルタイムの1/2以上の勤務時間が発生している従業員には健康診断を受診させたほう」がよいと厚生労働省が推奨しています

    また、派遣社員も健康診断の対象者であり、派遣元企業が派遣社員に健康診断を受けさせる義務を負っています。
    この場合には、派遣元企業が健康診断の費用を負担しなければなりません。

    なお、インフルエンザなどの予防接種に関する費用も会社負担となる場合もあります。
    ただし、基本的には労働者に予防接種を受けさせることが会社側に義務付けられているわけではないため、予防接種の費用は労働者の自己負担となることが多いでしょう。

2、転職時の健康診断も本来は労働者が負担する必要はない

転職や雇い入れ時の際に行われる「入社時健康診断」については、労働者の自己負担を求める会社が多数存在します。
具体的には、入社前に健康診断を受けて診断書を提出することが転職先の会社から求められるが、その際の費用は自己負担とされて立て替えてもらえない、という経験を多くの労働者がしているでしょう。

しかし、本来なら、入社時であっても健康診断の費用は会社が当然に負担すべきとされているのです

会社から「入社時健康診断の費用を立て替えて清算する」と言明されていない場合にも、労働者の側から自己負担した健康診断の領収書を提出すれば、清算してもらえる場合もあります。
それでも会社側が清算を拒否した場合には、「入社したばかりの会社に対して権利を主張し過ぎて自分の印象や会社との関係を悪くしたくない」という考えから、入社時健康診断の費用については自己負担のままにしておくことも選択肢のひとつとなるでしょう。

しかし、その他にも会社側に問題があったり給料の支払いなどについて不審な点があったりする場合には、入社時健康診断の費用の問題とあわせて、弁護士に相談することをおすすめします。

3、会社が負担しなくても違法にならない場合

前述のとおり、原則として、労働者の健康診断の費用は、会社側が負担しなければなりません(旧労働省行政解釈昭和47年9月18日基発第602号)。
しかし、健康診断の「法定項目」に含まれない検査については、会社側が費用を負担することが義務付けられていないのです。

健康診断の法定項目は下記の通りです(安衛則44条、45条)。

  • 身長、体重、腹囲、視力および聴力の検査
  • 自覚症状および他覚症状の有無の検査
  • 胸部エックス線検査および喀痰(かくたん)検査
  • 既往歴および業務歴の調査
  • 尿検査
  • 貧血検査
  • 心電図検査
  • 血圧の測定
  • 肝機能検査
  • 血中脂質検査
  • 血糖検査


以下のような検査については法定項目に含まれていないため、自己負担となる可能性があります。

  • 再検査
  • オプション検査
  • 人間ドック


たとえば、初回の検査結果で異常がみられた場合、医師が再検査の必要性を判断して、その結果を会社が従業員に通知します(安衛法66条の6、安衛則51条の4)。ここまでは、会社の義務になります、
しかし、その通知を受けて再検査を実施するかどうかは従業員の自己判断に委ねられています。
そして、再検査の費用は原則として従業員自身が負担しなければならないのです

ただし、特殊健康診断の再検査や、医師から「安全に労働するためには再検査を実施しないと判断できない」と診断された場合などには、費用が会社側の負担となるケースもあります。

また、健康診断の法定項目以外のオプション検査(乳がん検査や胃カメラなど)は、原則として費用は自己負担となります。
なお、「オプション検査の費用も会社が負担する」と社内規定などに記載されている場合や、医師がオプション検査の診断結果を求めた場合などには、労働者が費用を自己負担しなくてもよいこともあります。

人間ドックには健康診断の法定項目には該当しない検査項目が含まれるため、自己負担となります
ただし、健康保険組合や地方自治体が提供する補助金を利用することで、自己負担する金額を減らすことができる可能性もあります。

4、会社に健康診断を自己負担させられたときの対処法

会社に健康診断の費用を自己負担で求められた場合は、まずは労働安全衛生法などの関連法令を確認したうえで、「健康診断の費用は原則として会社負担である」とい会社側に主張しましょう。
それでも会社側が健康診断の費用を支払ってくれない場合は、労働組合や労働相談窓口へ相談することも選択肢として検討してください

また、企業側の対応が違法行為であると判断される場合には、労働基準監督署への相談や申し立ても検討しましょう。
その場合には違法行為の証拠を集め、適切な手続きを行うことが重要です。

とくに、従業員が毎年のように健康診断の費用を自己負担させられることは、法的には明白に違法です。
そのような違法行為をはたらく会社には、給与の支払いや残業時間の管理など、他の面でも問題が発生している可能性が高いでしょう。
毎年の健康診断費用を自己負担させられた場合には、ほかの労働問題もあわせて検討するために、まずは弁護士に相談することをおすすめします

5、まとめ

対象となる労働者に健康診断を受診させることは、労働安全衛生法などにより、会社に義務付けられています。
そして、健康診断にかかる、費用も原則として会社が負担するとされています。
また、転職時などに行う「入社時健康診断」の費用も、本来なら会社が負担すべきなのです。
ただし、健康診断の法定項目以外を受診した場合などは、労働者の自己負担となるケースがあります。

健康診断の費用を自己負担させられているが「本来なら会社が負担すべきではないか」と疑問に感じている方や、すでに支払った費用を請求できないかどうか確認したいとお考えの方は、まずはベリーベスト法律事務所にご連絡ください。
その他の労働問題に関する対応もあわせて、弁護士がご相談を承ります。

  • この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています